解説
この論文は、ラーゲルシュテッテン(化石鉱脈)と呼ばれる特殊な化石の産地が、古生物の系統関係を解明するために必要な情報をどのように影響しているかを調べたものです。ラーゲルシュテッテンとは、通常は化石になりにくい柔らかい組織や内臓などが保存されたり、多くの種類や個体の化石が集中して見つかったりする、珍しい化石の宝庫のことです。ラーゲルシュテッテンは、古生物の多様性や進化について重要な手がかりを提供しますが、同時に、化石の保存状態や分布に偏りが生じることで、系統解析にバイアスを与える可能性があります。この現象を「ラーゲルシュテッテン効果」と呼びます。
この論文では、ラーゲルシュテッテン効果を定量的に評価するために、化石の保存度と系統解析に使える情報の量を測る指標として、CCM2という値を用いました。CCM2は、化石の種に対して、その骨格のどの部分が見つかっているか、そしてその部分にどのくらいの系統的特徴があるかを基に計算されるパーセンテージです。CCM2が高いほど、化石は保存度が良く、系統解析に貢献できるということです。
CCM2を使って、三つの動物群の化石の保存度と系統情報量を比較しました。それらは、鳥類を除く恐竜の一群である非鳥獣脚類、中生代に生息した鳥類、そしてトカゲやヘビなどを含む有鱗類です。これらの動物群は、系統解析に使われる特徴の数や分布、化石の産出地や時代などに違いがあります。その結果、以下のようなことが分かりました。
●非鳥獣脚類は、全体的に保存度が高く、系統情報量も豊富でした。そのため、ラーゲルシュテッテンの影響を受けにくいと考えられます。
●中生代鳥類は、保存度が低く、系統情報量も少ない傾向がありました。しかし、中国の義県層や九佛堂層といった熱河生物群のラーゲルシュテッテンでは、保存度が高く、系統情報量も多い鳥類の化石が多く発見されました。これらの化石は、アジアや世界の鳥類の化石の保存度や系統情報量に大きな影響を与えています。つまり、ラーゲルシュテッテン効果が強いと言えます。
●有鱗類は、非常に多くの種が知られていますが、保存度は低く、系統情報量も少ない傾向がありました。しかし、モンゴルや中国のジャドクタやバルンゴヨトといった砂漠の地層では、保存度が高く、系統情報量も多い有鱗類の化石が多く発見されました。これらの化石は、アジアや世界の有鱗類の化石の保存度や系統情報量に大きな影響を与えています。つまり、ラーゲルシュテッテン効果が強いと言えます。
この論文から、ラーゲルシュテッテンは、古生物の系統関係を解明するために必要な情報を保存する能力が異なることが分かります。また、ラーゲルシュテッテンは、化石の保存状態や分布に偏りが生じることで、系統解析にバイアスを与える可能性があることが分かります。したがって、ラーゲルシュテッテンは、古生物の進化の歴史を正しく理解するために、注意深く扱う必要があると言えます。
要旨
例外的に保存された化石(「ラーゲルシュテッテン 化石鉱脈」)は、通常化石記録には保存されない重要な詳細を提供し、生物多様性と進化の理解に大きな影響を与える。特に、このいわゆる「ラーゲルシュテッテン効果」によってもたらされる潜在的なバイアスは、進化関係を再構築する上で重要であるが、まだ十分に研究されていない。ここでは、非鳥獣脚類恐竜、中生代の鳥類、およびトカゲ、ヘビ、モササウルスなどの有隣類の化石1,327種の世界的な化石記録から得られる系統情報量を定量化し、系統解析における系統情報量と分類群選択に対するラーゲルシュテッテン堆積物の影響を、他の化石を含む堆積物と比較する。その結果、世界的な化石記録において系統学的情報が多く保存されているグループ(例えば、非鳥獣脚類)は、進化系統樹においてある地質単位からの化石分類群の表現が不均衡になる「ラーゲルシュテッテン効果」の影響を受けにくいことがわかった。さらに、各分類群について、対応する形態学的特徴データセットが大きく異なるにもかかわらず、ラーゲルシュテッテン堆積物には同程度の系統学的情報が見いだされた。最後に、モンゴルと中国の白亜紀後期ゴビ砂漠の古代の砂丘堆積物が、有鱗類の化石記録から得られる系統学的情報に異常なほど大きな影響を及ぼしていることを予想外に発見し、伝統的にラーゲルシュテッテンと考えられていないユニットにも「ラーゲルシュテッテン効果」が存在する可能性を示唆した。これらの結果は、例外的な化石の保存が時空を超えた生物学的パターンに及ぼす影響を調べるための系統学に基づくレンズを提供し、岩石記録における進化情報のさらなる定量化を促すものである。
論文オープン Woolley CH, Bottjer DJ, Corsetti FA, Smith ND (2024) Quantifying the effects of exceptional fossil preservation on the global availability of phylogenetic data in deep time. PLoS ONE 19(2): e0297637. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0297637
要約
Introduction(序論): この章では、化石記録には様々なバイアスが存在し、それらが古生物学的研究における生物多様性や進化の解釈に影響を与えることを説明しています。特に、系統関係の推定に必要な形質情報の保存度や分布は、化石記録の不完全さや偏りによって歪められる可能性があります。そこで、本研究では、系統情報の保存度を測る指標として、Character Completeness Metric 2 (CCM2)を用いて、非鳥獣脚類、中生代の鳥類、有鱗類の化石記録における地域的、堆積環境的なバイアスを分析します。特に、中国のジェホール生物群やゴビ砂漠の化石産地など、特異な保存状態を示す「ラーゲルシュテッテン」が、系統情報の保存度や系統解析への影響について検討します。
Methods(方法): この章では、本研究で用いたデータの収集方法や分析方法について説明しています。まず、非獣脚類、中生代の鳥類、有鱗類の化石種の分類学的、地層学的、出現情報を、Paleobiology Database (PBDB)からダウンロードし、各種の文献を参照して検証しました。次に、各種のCCM2値を計算するために、それぞれのグループに対応する系統形質データセットを用いました。CCM2は、化石種に割り当てられた標本の保存された骨格要素に基づいて、系統形質のスコアリング可能な割合を測る指標です。最後に、Rを用いて、CCM2値の分布や統計的な比較を行いました。
Results(結果): この章では、本研究の結果を報告しています。まず、非鳥獣脚類、中生代の鳥類、有鱗目のグローバルな化石記録におけるCCM2値の分布を示し、非鳥類型獣脚類が最も高い保存度を示し、有鱗類が最も低い保存度を示すことを示しました。次に、熱河(ジェホール)生物群やゴビ砂漠の化石産地におけるCCM2値の分布を示し、これらの産地が各グループの保存度に与える影響を評価しました。熱河生物群では、非鳥獣脚類、中生代の鳥類、有鱗類のすべてが高い保存度を示しましたが、特に鳥類の保存度がグローバルな分布と比べて顕著に高かったことを示しました。ゴビ砂漠では、非鳥獣脚類、中生代の鳥類、有鱗類のすべてが同程度の保存度を示しましたが、特に有鱗類の保存度がグローバルな分布と比べて顕著に高かったことを示しました。また、ゴビ砂漠の有鱗類は、他のラーゲルシュテッテン産地の有鱗類と比べても高い保存度と多様性を示しました。最後に、各大陸や堆積環境におけるCCM2値の分布を示し、アジアが最も高い保存度を示し、エオリアン(風成)環境が最も高い保存度を示すことを示しました。
Discussion(議論): この章では、本研究の結果を考察しています。まず、非鳥獣脚類、中生代の鳥類、有鱗類の化石記録における保存度の違いは、それぞれのグループの化石化のしやすさやサンプリングの強度によって説明できる可能性があることを述べています。次に、熱河生物群やゴビ砂漠の化石産地が、系統情報の保存度や系統解析への影響について考察しています。熱河生物群は、鳥類の系統情報の保存度や系統解析への寄与が顕著であり、これは鳥類の化石記録が不完全であることや、熱河生物群が鳥類の進化の重要な時期を捉えていることによると考えられます。ゴビ砂漠は、有鱗類の系統情報の保存度や系統解析への寄与が顕著であり、これは有鱗類の化石記録が不完全であることや、ゴビ砂漠が有鱗類の多様性や進化のピークを捉えていることによると考えられます。また、ゴビ砂漠は、エオリアン環境が系統情報の保存に有利であることを示唆しています。最後に、本研究の方法論や限界について議論し、今後の研究の展望を示しています。